文献調べでは、毎週、手に取った書籍の「大事そうなとこ」を抜書きしています。
今週の書籍は「知的障害・発達障害における「行為」の心理学」(國分充編著、福村出版2020年)です。
その中から、第6章「知的障害児・者における実行機能の発達支援」を取り上げます。
(以下、・は抜書き箇所、▷は所感)
○知的障害とは
・知的障害は、知的機能と適応行動の低さに特徴づけられる神経発達障害の1つ。
・米国知的・発達障害協会(AAIDD)は、「知的障害は、知的機能と適応行動(概念的、社会的および実用的な適応スキルによって表される)の双方の明らかな制約によって特徴づけられる能力障害である」と定義。
・知的機能は、推論する、計画する、問題を解決する、抽象的に思考する、複雑な考えを理解する、速やかに学習する、経験から学習するといった要素を含んでおり、周囲の環境を理解するための広く深い能力。
・適応行動とは、日常生活において人々が学習し、発揮する概念的スキル、社会的スキルおよび実用的スキルの集合。
・概念的スキルには、読み書きや金銭、時間などの概念に関連したスキルが含まれる。
・社会的スキルには、対人的スキル、社会的責任、規則や法律を守ることなどが含まれる。
・実用的スキルには、身の回りの世話、健康管理、交通機関の利用などが含まれる。
▷知的障害という言葉から知的機能のみの制約をイメージしやすいが、「適応行動」も併せて制約があることは前提としておさえておきたいポイントです。学習場面や就労場面では「適応行動」を求められることが多いと思います。
○知的障害者の実行機能
・適応行動の背景要因の一つとして、実行機能が注目されている。
・実行機能とは、課題解決や目標達成を効率よく行うために、思考・行動・情動を意識的に制御する高次脳機能。
・実行機能は、目標志向的行動と社会的行動に関わるものに大別(池田2013)
・目標志向的行動に関わる実行機能は、目標形成、プランニング、プランの実行、評価と調整という、いわば行動のPDCAサイクル
・社会的行動は自己本位で不適切な行動の抑制と自己の欲求を表現する行動の生起とのバランス
・知的機能がいくら高くても、目の前の活動に計画的に取り組んだり、感情をコントロールしながら活動に取り組んだりできない(実行機能が弱い)と、適切な行動を起こすことは困難。
・知的機能から期待される発達水準に適応行動が達していない状態がしばしば生じるものと推察(池田,2019a)
・実行機能の発達は、遺伝要因だけでなく、環境要因の影響も受ける。
・環境要因として、社会経済的背景が指摘(池田,2019a)
・社会経済的背景とは家庭がアクセスできる経済的資源と社会的資源の総体(池田,2019b)
▷「知的機能が高くても、実行機能が弱いと適切な行動を起こすことは困難」というのは、知的障害者に限った話ではなく、アウトプットの質を求められるケースでは誰しもが身につけておくべきスキルだと考えます。ここでは「環境要因」の影響も受けるというところがポイントで、つまりは他者からのポジティブな働きかけによって実行機能の発達が促されるということでしょう。
○実行機能の支援
・実行機能の支援のアプローチには、個人の実行機能を高める支援と、個人の実行機能を補う支援の2つがある。
・実行機能を補う支援とは、目標志向行動や社会的行動を支えることを主眼に置くアプローチ
・様々な研究者によって、環境調整や大人の働きかけで実行機能の弱さを補うプログラムが提唱されている(Bodrova&Leong2007:Dawson&Guare,2018:Kaufman,2010:McCloskey,Perkins,&Van Diviner,2008:Meltzer,2010)
・例えば、Dawson&Guare(2018)が提唱するプログラムの基本ステップ
1 目標設定_問題行動を特定し、その解消に必要な目標行動を設定。問題行動が起きた時に本来取り組まなくてはならなかった適切な行動をターゲットにして、それを高めていく
2 環境レベルでの支援_課題の調整、物理的環境の調整、社会的環境の調整、働きかけの調整が含まれる。環境を調整して活動が個人に要求する実行機能の負荷を発達段階に合わせる。
3 実行機能の弱さを補うスキル_いつ、どこで、何を、どのように取り組むかを確認させるチェックリストや手順表、目標設定・振り返りシートなどの外的な補助ツールを使いながら活動に取り組む。補助ツールに埋め込まれた認知プログラムが個人に内化し、しだいに補助ツールを使わなくても行動できるようになることを期待する
・実行機能の発達に、より焦点を当てたプログラムは「心の道具」(Bodrova&Leong2007)_注意や記憶、思考などの意識的な制御を可能にするもの。能動的な学習者に変わり、自立した存在になるために必要となるもの。
・発達的到達点は、次の発達期への移行の基礎となる精神機能。主導的活動を通して獲得される。
・「心の道具」では、子どもの発達の最近接領域を的確に捉えて、足場かけ(scaffolding)を行うことが支援の重要な点。
▷子どもの発達に寄った研究内容ですが、Dawson&Guare(2018)のプログラムに近いものは障がい者雇用の現場でも(特に知的障害の方の能力開発に)用いられているでしょう。認知プログラムが「内化」することで、実行機能が高まる(ここでは「補う」という文脈であるが、結果としては「高まる」と考えられる)というのは、学ぶことの必要性を強く訴えている感じがします。
○一言所感
知的障害の方の「適応行動」、その中でも「実行機能」についてみてきました。実行機能を高める、もしくは弱さを補うことで、知的障害の方の可能性を広げられることができるはずです。そのためにも「できない人」というレッテル貼りをするのではなく、「どうすればできるか」を考えることと、ここで述べられているような「知的障害の背景」について知る必要があるなと感じました。とても良い本でしたので、別の章にも触れていきます。
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