丸山、島貫(2021)
Ⅰ はじめに
・障害者の職場定着に関する先行研究には
▷障害者に対して健常者とは異なる人事管理が必要と指摘する研究群
▷障害者と健常者を区別しない同様の人事管理が必要と指摘する研究群
の双方がある
・いずれの管理が障害者の職場定着を促すのか否かの見解が一致していない
・Konrad&Linnehan(1995)による、社会的アイデンティティの考慮の有無に注目した人事管理の枠組みを用いて、障害者に対する2種類の人材活用が機能する境界条件についての仮説を提示
・障害者の職場定着率が高い企業の複数職場を対象とした事例分析
Ⅱ 先行研究の検討:IC-HRMとIB-HRMが障害者の職場定着に与える影響
・特定集団の社会的アイデンティティの考慮の有無に注目して人事管理をとらえた枠組みに、Konrad&Linnehan(1995)が提示した
アイデンティティ・コンシャス人事管理(IC-HRM)と
アイデンティティ・ブラインド人事管理(IB-HRM)がある
IC-HRM(アイデンティティ・コンシャス人事管理_identity-conscious HRM)_少数派集団に対する差別軽減や格差是正を図り、特別な人事管理を行うこと
IB-HRM(アイデンティティ・ブラインド人事管理_identity-blind HRM)_少数派集団の社会的アイデンティティを考慮せず、少数派に多数派と同じ人事管理を適応する
・先行研究の多くはIC-HRMが障害者の職場定着に寄与することを示唆
▷積極的是正措置(障害者雇用率の割り当てや障害者のみに提供する教育訓練など)や管理者責任に関する人事施策(障害者を部下に持つ上司を対象とした教育訓練など)といったIC-HRMが障害者雇用率を向上(英国) Woodhams&Corby(2007)
▷健常者と障害者の双方に業績評価や個人業績給、チームワーキング等の高業績人事施策が導入されている場合には、障害者雇用率が低下するものの、採用・昇進・賃金の決定や実施に障害者であることを考慮したIC-HRMが導入されている場合には高業績人事施策が障害者雇用率に与える負の影響が軽減されることを示した(英国) Hoque et al.(2018)
・数は少ないものの、IB-HRMが障害者の定着に寄与する研究も
▷障害者自身に有効なキャリア形成戦略として、能力の低さに関するステレオタイプを解消すること(インド) Kulkarni&Gopakmar(2014)
▷障害者が自身のポジティブな職場アイデンティティを形成する上で、同僚・上司が抱く障害者の生産性が低いという通念を覆すように取り組むことが有効(ベルギー)Jammaers et al.(2016)
Ⅲ 仮説の提示:IC-HRMとIB-HRMが機能する境界条件
1.障害者の能力観
・先行研究は、少数派の職場定着には、少数派の社会的アイデンティティを考慮するか否かの多数派の信念が影響
・その影響は少数派に対する見方により異なる(Gundemir et al.,2019)
・少数派に対する見方がネガティブ_社会的アイデンティティを考慮する信念は少数派の不安を軽減(Martin&Philips,2017,2019)
・少数派に対する見方がポジティブ_社会的アイデンティティを考慮する信念は、周囲の期待に応えることで多数派に適応しなければならないというプレッシャーを少数派に与える(Zou&Cherian,2015)ため有効ではない(Martin&Philips,,2017,2019)
・IC-HRMは社会的アイデンティティを考慮する信念を従業員に促し。IB-HRMは社会的アイデンティティを考慮しない信念を促す
▷職場で共有されている障害者の能力観がネガティブ(例 障害者の能力は低いというステレオタイプ(Fiske et ai.,2002;栗田・楠見,2012)_IC-HRMは障害者の不安を軽減
▷職場で共有されている障害者の能力観がポジティブ_IC-HRMは周囲の期待に応えるプレッシャーを障害者に与える_障害者の社会的アイデンティティを考慮せず、多数派の健常者と同様に扱うIB-HRMが有効
仮説1:
職場で共有されている障害者の能力観がポジティブな場合は、IB-HRMが定着に有効
ネガティブな場合は、IC-HRMが有効
2. 障害者活用におけるライン管理者の裁量
・ライン管理者に付与された裁量の大きさが、人事施策の従業員の態度・行動や組織成果に与える効果を左右する(Kim&Shin,2019)
・障害の種類や原因により異なる障害者の多様な社会的アイデンティティに対応するには、ライン管理者が裁量を有し障害者の状況に応じて柔軟に人事管理を行うことが効果的と考えられる
・障害者のマネジメントにおいて組織の柔軟性さが重要であるという指摘(Baumgartner et al.,2015;Stone&Colella,1996)
・組織が分権化されている場合に障害者の職務満足度が健常者よりも高い(Baumgartner et al.,2015)
▷IC-HRMではライン管理者に大きな裁量を付与することで、人事施策に柔軟な実行を可能にし、障害者の職務定着に正の影響と推察
・IB-HRMでは負の影響が大きくなる可能性_ライン管理者ごとに人事管理が異なり、企業の人事管理方針と職場での人事管理の一貫性が損なわれる(Perry & Kulik,2008)
▷IB-HRMではライン管理者の裁量が小さい場合に有効
仮説2:
障害者活用におけるライン管理者の裁量が大きい場合はIC-HRMが障害者の職場定着に有効
裁量が小さい場合はIB-HRMが有効
Ⅳ 方法
・T社の6職場の人事管理施策の内容、ライン管理者の運用実態、障害者への配慮等を半構造化インタビュー
・人事課長2名、障害者雇用担当の人事課員2名、部長・課長、など計10名
Ⅴ 事例分析
Ⅵ 発見事実の整理と考察
・能力観の形成要因_障害種別や障害の原因などの障害者の個人特性、その特性と職務との適合など(Dwertmann,2016;Stone&Colella,1996)
・仮説1,2ともに例証
・障害者の職場定着に向けた人事管理にベストプラクティスは存在しない
・能力観と管理者の裁量、社会的アイデンティティを考慮した人事管理か否かが定着に関わる
・組織的要因を踏まえながら障害者の人事管理を実践することで、障害者雇用義務達成だけでなく、職場定着によって可能になる長期育成を経た障害者の能力向上やキャリア形成に寄与しうる
一言感想
・感覚値だが、能力観に対しては「ネガティブ」に捉えているケースが多い
・特別支援学校には能力別の学習グループ(類型)があるが、準ずる教育課程を履修するグループ(一般的な教科学習を行う)は「ポジティブ」な能力観に類似すると感じた
・ライン管理者の裁量が大きいことは、障害者の能力観がネガティブな場合には定着につながる可能性があるが、裁量≠管理能力であるがため、裁量があるが故に定着の阻害要因になるケースもあるのではと感じた
・「異能人材」として障害者の特異的な特性を職能に活かす会社もある。その場合は、IB-HRMが有効ということだろうが、これは「障害者の才能を活かす」という意味で示唆に富んでいる
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