丸山峻(2021)
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障害のある従業員の成果向上に向けた、態度・行動を決定づける要因に関する研究が多数ある中で、その要因には「法律・規則」「組織特性」「障害者の特性」「管理者・同僚の特性」など様々あります。
その中から「企業ないし職場のマネジメント」に注目。「企業マネジメント」「職場マネジメント」が障害者の態度・行動や企業の障害者雇用率などに与える影響について研究したものを整理し、今後の研究の方向性を示すというのがこちらの論文の目的のようです。
まだまだ勉強不足の私としては、さまざまな論文の存在が知れる一方で、「特例子会社」のような障害者の集中配置がなされている職場と、分散配置がされている職場の比較検討がされていないということも初めて知りました。(まだまだだなぁ、自分)
ということで、以下に論文の概要をご紹介します(汐中が気になった部分の抜粋です)
1.はじめに
・世界人口の約15%(10億人以上)になんらかの障害。
・世界で最も巨大なマイノリティ(WHO,2011)
・OECD加盟国に障害者の平均就業率は60%以下(OECD,2010)
・障害者の年齢階層別の就業率
ー身体障害者と精神障害者はすべての年齢層で
ー知的障害者は20歳代を除く年齢層で
健常者の就業率よりも低い(内閣府,2013)
・一般企業に就職した障害者が1年以上職場に定着する割合は60%未満
・障害者の態度・行動や企業の障害者雇用率等に与える効果を検討した研究の知見を整理し、今後の研究の方向性を示すことが本論文の目的
・障害者マネジメントに関して
(1)障害者雇用方針・人事施策
(2)障害者を部下に持つ管理者や周囲の同僚の行動
(3)障害者に個別に提供される合理的配慮
に大別して既存研究を整理
2.障害者雇用方針・人事施策に関する研究群
・障害者の態度・行動や障害者雇用率に影響を及ぼす組織的な要因の主たるものの1つが人事施策。
・既存研究における人事管理に関する価値観や哲学を示すHRプリンシプルや具体的に示したHRポリシー(Posthuma et ai.,2013)は、本論文では「障害者雇用方針」と呼ぶ。
・障害者雇用方針は、障害者の雇用促進について、社内外に発信されるポリシー、ステートメント、その他の明文化された言明。
2-1.障害者雇用方針に関する研究
・障害者への言及のある機会均等の方針、書会社の求人応募の奨励、採用・賃金・昇進における障害者への差別のモニタリングは、賃金差別を是正するが、採用や昇進の差別是正効果はない(John&Latreille,2010)
・障害者が健常者よりも職場・管理者に対する認識が否定的で、コミットメントや職務満足、仕事での影響力の認知が低い。障害者雇用方針はそれらを改善させない(Jones,2016)
・障害者の態度・行動には障害者雇用方針よりも人事施策の方がより大きな影響を与える可能性を指摘(John,2016)
・企業の掲げる障害者の人事管理方針と、職場の人事管理の内容が異なっており、障害者が支援を不十分と感じている(Cunningham et al.,2004)
・インクルージョンに関する公式的な組織方針と、実際の人事部門が策定している施策には差がある(Kuznetsova,2016)
2-2.人事施策に関する研究
▷「採用」に関する研究
・採用選考における評価・判断のバイアスとその軽減方法に着目(cf.Ren et al.,2008)
・求人票の記載内容や障害者雇用方針によってより多くの障がいのある求職者を引きつける可能性(Stone & Williams,1997)→実証はない
▷労働時間・賃金といった処遇に関する研究
・実労働時間が希望時間よりも長いことによるwell-beingの低下は、健常者よりも障害者がより大きい(Wooden et al.,2009)→障害者の労働時間管理において本人の希望と実際のミスマッチの回避がより重要
・雇用形態や社会保障などについて就職時の希望条件の非実現程度が高いほど障害者の離職意図は高くなる(若林,2007)
・障害者は健常者より賃金満足度が低く、その差は変動給与制度が導入されている職場でより大きい。(Shantz et al.,2018)
○障害者と健常者の賃金満足度の差は、マネジメントへの信頼(trust in management)が高い場合または障害者雇用方針と人事施策の一致度が高い場合に縮小される
▷複数の人事施策を扱った研究
・6種類の施策
「明記されたポリシー」…障害者雇用の方針に関するもの
「管理者責任」…障害者を部下にもつ管理者の責任や管理者を対象とした訓練に関するもの
「ポジティブアクション」…ポジティブアクションの実施に関するもの
「要因」…採用・選抜の見直しに関するもの
「外部機関からの支援」…外部機関から受けている支援に関するもの
「適応の形成」….定着のための職務の再割当てや障害者用の設備の設置に関するもの
→「管理者責任」の施策が障害者雇用率に最も大きく影響(Woodhams&Corby,2007)
・健常者より劣る人事施策による障害者の態度・行動への悪影響は、構成風土と職場の応答性(responsibeness)によって軽減
・日本の特例子会社24者の障害者を対象とした質問表調査により、積極的教育訓練と評価の適切性についての認知が障害者の離職意思を低下させる(福間,2019)
2-3.障害種別を考慮した研究と組織風土に関する研究
・個人ー職務適合(個人の関心・スキルと職務の適合)が知的障害者のパフォーマンスを高め、自己決定は知的障害者のパフォーマンス、職務満足、勤続年数を高める(Fornes et al., 2008)
・知的障害者の能力分析と、結果をもとにお互いの能力を補完するようなグループ編成が知的障害者の能力発揮に重要(猪瀬,2008)
・知的障害者の能力開発については、技能や比較的得意な分野を見極めた上での育成が重要(眞保,2010)
・ペアで仕事を行うバディシステムや、管理者・同僚からの支援が、知的障害者の職場での参画やウェルビーイングの向上に有効(Meacham et al., 2017)
・知的障害者の人事管理では、公平な機会提供、従業員であることを重視する組織文化、健常者が同じチームで働く体制、知的障害者を対象とした戦略的な訓練が重要(Bartram et al., 2021)
・上司・部下の一方のみ障害がある場合にリーダー・メンバー間交換関係(leader-member exchange:以下LMX)
→インクルージョン風土が軽減(Dwertmann&Boehm,2016)
・障害者のスライビング・アット・ワーク(thriving at work:TAW)が健常者よりも低く、障がいの有無とTAWの間の関係を自己効力感が完全媒介している。また、インクルージョンの認知が高いほど、障害者と健常者の自己効力感の差は軽減され、この調整効果はチーム学習風土が高いほどさらに強くなる(Zhu et al., 2019)
3.管理者・同僚の行動に関する研究群
▷管理者行動
・変革型リーダーシップ行動は障害者の自尊心を高め、感情的疲労を低下させる(Kensbock&Boehm,2016)
・ケアや支援を通して従業員を導くベネボレント・リーダーシップ(benevolent leadeeship)は、障害者の被差別の認知、職務満足、回復の必要性(need for recovery)に好影響を与える(Luu,2019)
・インクルーシブな組織への移行には、従業員間の情報やアイデアの共有とそれによる創造、学習、革新を促進するリーダーシップである、複雑性のリーダーシップ(complexity leadership)を取り入れることの重要性を指摘(Moore et al., 2020)
・障害者に対する否定的な態度は、障害者の態度・行動や雇用継続に望ましくない(Sundar&Brucker,2019)
▷組織マネジメント
・管理者を対象としたディスアビリティマネジメント研修(怪我・障がいのある労働者への支援促進、コミュニケーション促進、怪我や健康の懸念の報告の奨励、可能な場合の合理的配慮の実施の4つ)の受講後、管理者は部下の怪我・障害への対処の準備に関する能力の自己評価が上昇。法律の知識を有しているだけでは、障害者雇用が促進されない(Sprong et al., 2019)
▷同僚の行動
・知的障害者の職務能力向上には、職務遂行に必要な基本的スキルだけでなく、その応用や新たなスキル獲得を促すという企業内援助者たる指導員の役割が重要(青木、2008)
・ワークプレッシャーが低い状況下では、障害者の能力に関するステレオタイプの内容が肯定的であるほど、職場の同僚は障害者に対してインクルーシブな行動をとる(Nelissen et al., 2016)
▷管理者・同僚双方の行動
・「私に分かりやすく仕事を教えてくれる」などの「教育」因子と、「ミスなくスムーズに仕事ができるよう、アドバイスしてくれる」などの「作業遂行サポート」の因子が、知的障害者の職務満足と中程度の相関(若林・八重田,2016)
・障害者の社会化のプロセスにおいて、同僚の役割として「タスクの実行と理解への手助け」「メンタリング」、管理者の役割として「仕事に関する問題へのメンタリング」「個人的な問題への非公式な援助」が重要である(Kulkaeni&Lengnick-Hall,2011)
4.合理的配慮に関する研究群
・配慮(accommodation)とは、障害者の活動を制約する障壁をなくすこと。
・経営学研究においては「物理的・社会的な障壁を減らす、職務、職場環境、仕事のプロセス、仕事の状態の変更」(Colella&Bruyere,2011)
・配慮のうち、実施の負担が理に適っているとされるものは合理的配慮(reasonable accommondation)と呼ばれる。
・必要な配慮が障害者に提供されている場合に、障害者の生活満足度が向上するとともに被差別の知覚を低下し(Konrad et al., 2013)、離転職意思の低下(Schur et al., 2014;若林,2007)、配慮提供のプロセスへの障害者の関与が大きいほど、障害者の満足度は高くなる(Balser&Harris,2008)
5.課題と今後の研究の方向性
障害者マネジメント変数と結果変数との主要な変数間関係
※変数間関係には実証の結果が正の効果、負の効果、非有意な関係のいずれも含む
・人事施策の実行段階を含めた詳らかな観察が特に重要
・日本の大企業で障害者雇用を促進する上で、社内の管理者や従業員が障害者雇用に対する共通の認識を得る必要(手塚,2000)
・配慮提供による精神障害者へのスティグマ化を避けるためには、従業員とライン管理者の双方向の対話を促す人事部門の介入が重要である可能性を示唆(Kalfa et al., 2021)
長い感想
いつもは「一言感想」ですが、長くなったので「長い感想」にします。
さて「長い感想」では特に(2)管理者や周囲の同僚の行動についてみていきます。
▷管理者の行動
こちらの論文では、さまざまなリーダーシップスタイルとそれによる効果について述べられていますが、特に興味深かったのが
・インクルーシブな組織への移行には、従業員間の情報やアイデアの共有とそれによる創造、学習、革新を促進するリーダーシップである”複雑性のリーダーシップ(complexity leadership)”を取り入れることの重要性を指摘(Moore et al., 2020)
です。どのリーダーシップスタイルがいいかというよりも、個人的には「従業員間での情報・アイデア共有」という双方向性は、管理者が「1人で抱え込まない」ためにも大事かなと思ったところでした。
▷同僚の行動
同僚との関わりについては、知的障害の方について言及されていましたが、特には
・知的障害者の職務能力向上には、職務遂行に必要な基本的スキルだけでなく、その応用や新たなスキル獲得を促すという企業内援助者たる指導員の役割が重要(青木、2008)
というものが興味深かったです。まあただ、指導員が技能の熟練やスキルの獲得といった学習を促していくことが重要ということで、これは想像に難くないでしょう。
▷管理者・同僚双方の行動
管理者、同僚、どちらについても検討された研究もありまして、特に
・「私に分かりやすく仕事を教えてくれる」などの「教育」因子と、「ミスなくスムーズに仕事ができるよう、アドバイスしてくれる」などの「作業遂行サポート」の因子が、知的障害者の職務満足と中程度の相関(若林・八重田,2016)
・障害者の社会化のプロセスにおいて、同僚の役割として「タスクの実行と理解への手助け」「メンタリング」、管理者の役割として「仕事に関する問題へのメンタリング」「個人的な問題への非公式な援助」が重要となる(Kulkaeni&Lengnick-Hall,2011)
というのが興味深かったです。
僕の理解の範囲では、前者は「教え方」と「関わり方」が上手いと、知的障害のある方が「この仕事、好き!」という満足感が高まるよということでしょうか。
後者は「社会化」、つまりは障害のある方が職場・組織に適応していくためには、双方からの「メンタリング」が重要というものです。
ちなみに僕の理解では、「メンタリング」とは仕事のヒントとか上手いやり方、職場の人間関係の築き方といったものをアドバイスして、キャリア発達を支援する行為です。ここでは大事なのが「人間関係」を築くこともアドバイスするという部分です。人間関係が、職場に適応していく(社会化)には不可欠だからです。
また、障害のある方の離職理由の上位には「職場の理解」があります。メンタリングという行動は、キャリア発達の支援のみならず「あなたのことを理解しようと努めている」という姿勢を示すことにもなるのかなと思いました。
ということで、雇用の「質」とは教育の「質」と冒頭で言いましたが、あながち外れた話ではないなと感じています。
僕自身、教員時代に小学校から特別支援学校へ異動した際、「教え方」や「関わり方」の違いに大いに戸惑いました。そして大いに指導力が向上した出会いでもありました。
僕が障害者雇用を「教育」を手段にご支援させてもらっているのも自分の体験があるからですが、こちらの論文によって「やっぱ教育って大事」って言ってもらえるのは勇気づけられるなあと思いました。
皆様の何かしらのご参考になると幸いです。
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