元特別支援学校教員で現在も障害者雇用のサポートを仕事にしています。
障害者の方と職場で共に働くための「チームワーク」や「心の動き」などをテーマで取り上げてました。
一方で「障害特性」に関する情報の発信には慎重になっていました。「あの人、発達障害なんじゃないかと思うんですけど」といった相談を受けることもあるのですが、そういう言葉に触れる度に「障害特性」の情報だけ一人歩きしてしまうことが職場の障害理解に逆行する気がしていました。
ただ、とはいえやはり正しい情報で正しい理解を図る必要性は絶対的に存在すると感じますので、まとめてみたいと思います。
今回は”発達障害”、特にADHDについて考えていきます。
ADHDとは
ADHDという言葉自体は耳にすることはあると思いますが、正式名称はなんなのでしょうか。
ADHDはAttention Deficit Hyperactivity Disorderの略称です。
Attention=注意 Deficit=欠如 Hyperactivity=多動性 Disorder=障害
という意味ですので、日本語でも「注意欠如・多動症」と呼ばれています。
ADHDの定義は実は不明確です。ここではDSMに則って定義します。
DSM-5(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders) ではADHDを「神経発達症群」と定義づけています。
神経発達症群の定義は「発達期に発症する一群の疾患」とされています。
神経発達症群に分類されるものは
- 知的能力障害群
- コミュニケーション症群
- 自閉スペクトラム症
など、6つがあります。つまり、「発達期に発症する疾患」がADHDというわけです。
ちなみにDSM-5とは、精神疾患の診断・統計マニュアルで診断する上での教科書(ルールブック)の様なものだとお考えください。
一般的に「注意欠如」と「多動症」の間に「・」が用いられることがあります。これには意味があり、ADHDの特性には2つあるよ、と言うことを表しているのです。
2つの特性
2つの特性とは「不注意」と「多動性・衝動性」です。多動性と衝動性を分けて考える場合もありますが、ここでは1つのまとまった特性として捉えます。
「不注意」の特性が強い場合は「不注意優勢型(状態)」、「多動性・衝動性」の特性が強い方は「多動性・衝動性優勢型(状態)」、どちらの特性もある方は「混合型」と呼ばれます。
「不注意」とは
我々も生活上「あれ、スマホどこに置いたっけ」「今聞いた話、なんだっけ?」と不注意や忘れっぽい状態になることがあります。
ただ、それが著しく、生活場面で支障をきたしている場合があります。
例えば、
- よく確認すれば済むような簡単なミスが多い
- 忘れ物やなくしものが度を越して多い
- どうしても約束の時間を守れない
- 集中したくてもすぐに気が散ってしまう、などです。
DSM-5には判断基準が示されていますが、上に挙げたような項目が並んでいます。
17歳以上だと下記の5個を満たせばADHDの「不注意」の可能性があるとされます(5個以上当てはまればすぐにADHDと診断されるわけではないので十分注意してください)
- 不注意な間違い
- 注意の持続ができない
- 聞いていない様に見える
- やり遂げることができない
- 順序立てることができない
- 精神的努力を避ける
- なくしてしまう
- 気が散ってしまう
- 忘れっぽい
ここで「5.順序立てることができない」に注目してみます。他の項目と違って、服薬でコントロールすることが難しい症状と言われています。順序立てられないので、仕事や宿題といった大事なことを先送りしてしまい、それが4.やりとげることができないにも繋がってしまいます。
職場だと「いつになったら仕上げてくるんだ!」「納期を軽く考えるな!」といったトラブルに繋がるのですが、本人は悪気なく、ただただ物事を順を追ってクリアしていくというのが苦手なのです。
「多動性・衝動性」とは
不注意はさほど目立たない一方で、多動性や衝動性が目立つ場合です。一般的に男性に多いとされています。例えば
- 足や体をずっと揺らしている(貧乏ゆすり)
- 相手の話を最後まで聞かずに遮ってしまう
- 急にカッとなって怒り出す
- 感情の起伏が激しい など
DSM-5の判断基準としては下記の9項目が示されていて「不注意」と同様に5個以上満たすとADHDと診断されます。
- そわそわ動かす
- 席を離れる
- 走り回る、高いところへ登る
- 静かに遊べない
- じっとしていない
- しゃべりすぎる
- 質問が終わる前に答える
- 順番を待つことが困難
- 邪魔する
こう見ると、私自身もかなり当てはまっていますがそれは置いときます。
他のADHDの判断基準
上記で見てきた「不注意」「多動性・衝動性」以外の判断基準もあります。
DSM-5では
- 12歳以前
- 2つ以上の状況
- 症状による障害
- 他の疾患で説明
2つ以上の状況とは、家と職場の両方で不注意や多動性・衝動性が見られるということで、必ず確認する項目です。また、ASD(自閉スペクトラム症)や統合失調症ではないことを説明することも確認すべき項目です。ASDの方は「不注意」の大半の項目を満たしてしまうため、ADHDの診断を受けることもあります。そうすると、本当はASDとしての支援が必要なのに、それが困難になるケースもあります。
ここは医学的な判断ですので我々が介入しづらい部分ですし、医師によっても判断が分かれるケースもあります。だからこそDSM-5のようなルールブックがあるのですが、ADHDの判断は本当に難しいのです。
安易に「あの人、きっとADHDだよね」と言ってしまうことが、どれほど無責任で危険なことなのかがよく分かります。
職場での困難さの背景にあるもの
ADHDの方が仕事の上で直面するのが、「仕事の進め方」に関する壁です。
ミスが続いたり、気が散ったり、人の説明が理解できずに説明と違った行動をしたり、、
これらは「トリプルパスウェイモデル」(SonugaBarkeら,2003)といわれる仮説があり、脳の機能障害として3つの要因にあると考えられます。あくまで仮説のため、3つとも当てはまらない人もいます。
- 実行機能の障害
- 報酬系の問題
- 時間処理の問題
実行機能
意思決定や計画立案、計画の実行、効果的遂行の4つを指します。
これらに問題があると、さっと仕事に取りかかれなかったり、いつまでも小さな問題にとらわれて仕事を前に進めなかったり、予定を組めずに順序立てて物事が進められなかったり、複数の仕事が進められなかったり、状況が把握できず行動の修正ができなかったりします。
報酬系の問題
言い換えると「我慢できない」ことです。衝動買いをしてしまうケースもあります。買うことによる費用対効果といった、「買った後のビジョン」が描けずただただ目の前のものが欲しいという衝動を抑えきれないのです。(つまり長期的な利益よりも目先のご褒美に気持ちが全集中してしまう)
時間処理の問題
スケジュールの管理ができないことや、時間の感覚が人と違ってしまうことです。例えばテストで「あと1分!」と言われると、もはややれることと言ったら名前や受験番号の確認くらいです。でも時間処理の問題があると「1分」という時間の長さがよくわからず、答案用紙の一部を消して「この問題をもう1回取り組もう」と考えてしまうのです。(ちなみにもし問題を解き直すにしても、通常であれば問題を読んで考え直し、他に答えが浮かんで初めて答案用紙の回答を消したり書き足したりしますが、「実行機能の障害」も関与するのでいきなり答案用紙の回答を消してしまうのです)
さて今回はADHDの概要と実際の困り事についてみてきました。
次回は職場での支援の形について一緒に考えていきましょう。
参考文献:「DSM-5」「公認心理師のための「発達障害」講義」下山晴彦監修、「職場の発達障害」太田晴久監修
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