前回の文献調べと同様、「対人援助のためのコミュニケーション学 実践を通じた学際的アプローチ」(伊藤・工藤・石田,2019)から発達障害児へのコミュニケーションと支援者としての心構えのパートから、重要な部分を抜書きし、所感を述べていきます。
発達障害児へのコミュニケーション支援
発達障害とは
・DSM-5では「神経発達障害」
・乳幼児期からおおむね18歳までの発達期に発症する中枢神経系に起因する障害の総称
・自閉症スペクトラム障害(ASD)、注意欠如多動症(ADHD)、学習障害(SLD)以外にも知的障害、コミュニケーション障害、運動障害なども含まれる、広い概念
・我が国では、2004年に発達障害者支援法を制定し、発達障害を「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠如多動症その他これに類する脳機能の障害」と定義し、知的障害などを含めていないため、狭義の概念
新しい発達障害の考え方
・最近の発達障害の診断では、二種類以上の発達障害を併発する場合も多く、考え方も変わりつつある
・さまざまな障害特性を持ち合わせたタイプがスペクトラム上に存在すると考える方が、臨床の現場においては現実的
・対人関係の障害として「心の理論」や「ジョイント・アテンション(共同注意)」の障害が、またコミュニケーションの障害として、音声言語等の継時処理の困難性、視覚情報処理等の同時処理の優位性が注目されている。
・その他にも、様々な情報を統合する「中枢性統合」、今向けている注意から別のことへ注意を向ける「注意の柔軟性(set shifting)」、継時処理の際や一時的に記憶を貯蔵し統合する際に再び引き出すワーキングメモリー、ものごとを掲示的に計画するプランニングなどに代表される「実行機能」の障害も指摘されている(Gioia et al., 2002)
・最近のミラーニューロンの研究(Ferrari,et al., 2003)では、言語表出を司るブローカー野が模倣能力に関連していることが明らかになりつつある
・実行機能や心の理論、言語表出、模倣機能、ジョイント・アテンションなどの機能を司るニューロンが前頭前野に集中していることも明らかになってきた
発達障害の認知特性と情報処理特性
ミラーニューロン
・パルマ大学のリッツォラッティ(Rizzolatti et al.,1996)によって発見された
・ミラーニューロンは、手で物を操作する時に活性化するが、その行動を観察しているだけでも活性化するとされ、あたかも鏡を見ているかのような現象からリッツォラッティらによって命名
・自閉症児の模倣能力に障害があるという報告はこれまでも多数
・最近の脳機能研究では、言語表出を司るブローカ野付近にあるミラーニューロンが、模倣能力に関連していることが明らかになりつつある
継時処理と同時処理
・注意欠如多動性や学習障害において、視覚優位型が多いとされている
・視覚優位の子供達の場合は、静止画の理解や認知は優れている場合が多いが、聞いて理解することは困難な場合が多い。
・自閉症スペクトラム障害児が、ロゴマークや図鑑を好む傾向は、このような認知特性に由来していると考えられる
実行機能とワーキングメモリー
・実行機能には、注意の柔軟性(切り替え)、抑制機能、プランニング、ワーキングメモリーなどの機能が含まれている
・自閉症スペクトラム障害のある人たちは、継時的に計画を立て、先の見通しを立てることが苦手であるし、注意の柔軟性にも障害があるため、(料理に例えると)別の料理を作ろうとか、途中で別のメニューに変更しようということができず、計画に変更ができず「こだわり」として表れる
・ADHDのある人は、抑制機能に問題があるため、注意がそれやすく、どんどん違う方向に向かってしまうため、料理を作ることさえ忘れて、台所の掃除の方向へ向かってしまうかもしれない
・学習障害のある人は、レシピを読んだり、メモを取ったりすることに困難があり、内言語で計画を維持しようとする音韻ループによるワーキングメモリーが難しい場合も多い
・近年、発達障害の領域で注目されている実行機能の中心的役割がワーキングメモリーである。
・ワーキングメモリーとは、脳の中に入ってきたさまざまな情報を一時的に保持するためのシステムと考えられている。
・継時的な情報である音声刺激を一時的に保持していることで、その人が話したことを理解できるし、数字を思い描いて暗算する場合もワーキングメモリーが働くことで可能となる。
支援者としてのコミュニケーション
支援者として「伝える」
・山根(2008)はコミュニケーションを「自分の気持ちを伝え、自分が知りたいことを聞き、相手の気持ちを知る、双方向のやり取りにより共通の理解と関係を作ること」と述べている
・コミュニケーションの種類には
話し言葉といった「言語的コミュニケーション」
声の大小・高低、話の速度、間の取り方、沈黙など言語に付随する音声上の性質や特徴といった「準言語的コミュニケーション」
身体的特徴、身体動作、表情、アイコンタクト、時間、香り、味、身体接触、空間行動などの「非言語的コミュニケーション」がある(福島,2003)
・2者間のコミュニケーションでは、65%は話し方や表情などの準言語的・非言語的コミュニケーションで伝えられると言われている(Marjorie,1987)
生活臨床における働きかけの五原則
1 具体的に
2 断定的に
3 タイムリーに
4 繰り返し
5 余計なことを言わない
声かけ変換表
・早くしてください→あと何分かかりますか?
・静かにしてください→声を「これくらいの大きさ」にしてもらえますか?
・走ってはいけませんよ→歩きましょうか
・危ない→止まりましょう
・人の迷惑になりますよ→大きな声は、頭が痛くなってしまう人がいるので、「これくらい」の声にしましょう
・いつでもいいですよ→5分後ならいいですよ
支援者として「聴く」
・支援者にとって最低限必要な基本となる聴き方(山根,2008)
①自分の気持ちを整えて相手の話に耳を傾け、
②話されたことに価値判断をせず、気持ちを受け止め、
③批判や忠告、指導助言は控え、
④話を遮らないように、
⑤何を伝えたいのかを読み取るように聴く
・視覚から得られる対象者の「非言語的コミュニケーション」の情報を正しくキャッチしながら「聴く」
・対象者が何を伝えたいのか、準言語的コミュニケーションからも読み取る必要がある。
支援者としての心構え
・もっとも重要な問題は、転移・逆転移の影響
・支援者が自分自身の行動を振り返り、さらに対象者にどう影響を及ぼすのかを考えることが大切
・コミュニケーションは、双方向のやり取りにより共通の理解と関係をつくること(山根,2008)
・支援者は伝えるべきことを正確に伝え、対象者の話を五感を通して聴き、そこから対象者がどのような気持ちでいるのか、どのような価値観を持っているのか理解することが求められる。
・対象者と協働的な関係を持ち、対象者の希望やストレングス(強み)を活かし、自己決定や自己実現を促進する
所感
支援者として「聴く」では、首肯する部分が多くありました。重度心身障害でコミュニケーションをとることが難しい人であっても、こちらからの働きかけに対しては、何かしらの「変化」があります。いやむしろ、「変化」があると思いながらコミュニケーションをとることが必要で、その「変化」がここでいう「準言語的コミュニケーション」「非言語的コミュニケーション」にあてはまります。言葉以外の表出も含めてコミュニケーションであり、「丸ごと聴く」ことが大切だと障害者支援の場面でも感じていたことでしたので、首肯でした。支援者としてのコミュニケーションスキルとその前提にある心構えの大切さを教えてくれる、非常に良い書籍です。
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