Super-diversity(超多様性)と障害について②/文献調べ25−23


前回の記事に続き、「Super-diversity(超多様性)下における障害者と「共生」―移民研究と障害学の接点に着目して(宮崎・松岡・原,2024)」を抜書きします。(・印は論文からの抜書き、○は僕の感想)
移民研究と障害学の接点
・「現象の多様化」と「権利へのアクセス」という2つのキーワードに集約
障害と超多様性をめぐる議論
・Gloria Kirwan(2022)は、精神障害者に係る問題の分析に超多様性概念を用いる可能性を探っているが、特に移民も精神障害者も社会的な資源へのアクセス困難や差別・偏見に目しているという共通点に着目
・ろう者・手話話者との関係については、Stone&Mirus(2018)は、さまざまな聴覚障害者が多様な手話を使用している実態を超多様性という言葉で表現。具体的にはデフコミュニティに多様なコミュニケーション手段を使うメンバーが存在し、同コミュニティ内で言語的抑圧も生じること。Snoddon&Underwood(2018)も、人口内耳を選択するケース、手話を使用しな地域の学校に通学することでデフコミュニティにアクセスしない、あるいは第一言語として手話を選択しない等が増えている状況を超多様性という言葉で説明。
・超多様性概念が突きつけている課題としては「集団内のダイナミクス」と「方法論の精緻化」。前者は、障害者も多様な存在であり、インペアメントに加えて別の要素との相互作用が発生している点に着目する必要性があることを指す。後者は、複雑化した変数を意識した研究方法論の進化が求められているという意味になる。
・その延長で、障害学にとって超多様性概念は重要な示唆を含むものと言えるのではないだろうか。
○今、手話教室に通っていますが、手話コミュニティに僕のような「手話ができない存在」がいると、言語的抑圧(というほど強い感情ではないですが)アクセス困難性を感じるという感覚はなんとなくわかります。
超多様性概念が障害学に貢献できること
・一口に「障害者」といっても、インペアメントの種類、その程度の軽重や文化(ろう文化など)も相当に多様。そこにジェンダー、移民に関わるさまざまな変数もまた障害者という枠組みに作用してくる
・障害者の中にも「多様性の多様化」が可視化され、顕在化してきたと理解することの必要性が理解され得る
・交差性という視点で分析することは、障害者が直面する社会的障壁に多様性があることを認識した上で、その分類、整理を促すことになる。
・障害の社会モデルの見直しにつながっていく契機
・超多様性の進展でアイデンティティが多層化したとしても、「障害者アイデンティティ」はより大きなアイデンティティの中に包摂され、その枠内に維持され得ることは可能と考えられる
・障害学は障害者への差別・抑圧に対して「抵抗する学」(堀、2021)であり、その「抵抗」に2つの方向。1つは「解放の障害学」であり、「抑圧からの解放」を目指すもの。もう1つは、障害者を「できない存在」として抑圧する根源に人間の価値を商品化によって測定しようとする資本主義社会があるのであって、その在り方を超克し、それに変わって新たに築くべき、共に生きる社会を目指す「共生の障害学」であった。
・堀(2021)は「共生」の構成要素を「反差別的、互恵的、自立的、普遍的、動的、異化的、水平的」としている
○共生の構成要素の整理はありがたい
結論
・移民と障害者の双方において「現象の多様化」と「権利へのアクセス」が問われている中で、この2つの研究領域から架橋されることの意義を確認することができた。
○「社会モデルの見直し」という視点は、障害者雇用現場においても役立ちそうだなと思います。
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