見えにくい障害に対する合理的配慮を考える②/文献調べ26-06

前回の続きで、「見えにくい障害」に対する「合理的配慮」をめぐる葛藤 -高次脳機能障害を事例に (澤岡友輝,2025)を抜書きしていきます。
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・合理的配慮は、障害に身体的特徴がなく、帰責/免責の線引きが難しい障害である場合には、その実装が困難であることが指摘される(西倉,2022)
・高次脳機能障害者の中には、パッシング(情報操作)を行うことで、障害を隠して就労する者たちがいる(澤岡,2025)
・パッシングをして健常者のようにふるまう補償努力(石川,1996)をすればするほど、他者の無理解が助長。努力の限界がきて合理的配慮に切り替えた後には、これまでの補償努力が可能だったのだからと、さらなる無理解が重ねられることにもなる。
・さらに、当事者自身も健常者と同じように働こうとする過程で、既存の生産主義的な労働規範を自ら強化し、合理的配慮が認められることで、それまでの努力が無に帰すことに大きな落胆を抱えることになる(澤岡,2025)
・見えにくい障害かつ後天的な障害の場合、本人自身が内面化した労働規範、とりわけ企業の生産性への貢献が、個々の異なりや資質、個々が抱える困難に関わらず、「努力」いかんと強固に結びつけて評価される規範をどのように扱うかが問題になる。
・当事者自身が生産主義的な労働規範を維持・強化する場合に、現行の合理的配慮はどのような問題を引き起こすのか。それに対してどのような配慮がなされるべきか。
(今回はここまで)
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○所感
本箇所を読みながら、会社内での障害の理解促進に「情報提供(社内の障害者活躍事例の紹介)」や「研修」がありますが、重要な要素として「障害の公表」がある(Dana S.Dunn et al., 2025)ということを思い出しました。しかし、障害の公表には不安やリスクもあるでしょうし、後天的な障害の場合は、できていた頃の自分と比較したプライドなどもあるでしょう。それゆえ、難しい問題なんだなと感じました。
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