障害者雇用に役立つ「心の理論」と「実行機能」の役割について/文献調べ24-45
ASD(自閉スペクトラム症)の方のコミュニケーションや社会性の課題として、他者の心や感情を理解すること(心の理論)の難しさがあります。ASDの方と共に働く障害者雇用の現場においては、周囲が知っておきたい本人の困りごとの1つとなりえます。
今回は「心の理論」と「実行機能」との関係性の研究から、何が「心の理論」の根底にあるのかについて考えます。
心の理論とは
「心の理論(theory of mind)」とは
自分及び他者の意図・知識・信念・感情といった心的状態を理解したり説明したりする能力
(Premack&Woodruff,1978)
とされます。ASDの方が、同僚の行動や発言の背後にある意図を理解することの難しさが指摘されることがありますが、「心の理論」の働きの難しさとも言えます。
「心の理論」の研究は幼児期を対象としたものは多数ありますが、近年では「心の理論」の生涯にわたる発達過程が注目を集めております。
幼児期を対象とした数多くの発達研究から、実行機能が心の理論の獲得や使用を支える重要な認知機能だということは広く認められています。(Apperly,Samson,&Humphreys,2009;Moses,Carlson,&Sabbagh,2005;Perner&Lang,1999)
実行機能の役割
「実行機能」とは、目標に向けて自らの思考と行動をコントロールするための汎用的な認知情報処理プロセスの総称です。
・優勢反応の抑制(inhibition)
・認知セットの柔軟な切り替え(shifting)
・ワーキングメモリに保持された情報の更新(updating)
などの下位コンポーネントが存在します。Garon,Bryson,&Smith,2008;Miyame et al.,2000 )
「心の理論」の生涯発達を、実行機能を軸に考えることは、“心を読む能力”の把握と活用につながるものと考えられます。
心の理論と実行機能の関係
一連の自閉症研究から、「心の理論」は記憶や知能といった認知機能から比較的独立した機能だと考えられています。(Baron-Cohen,1995;Happe&Frith,1995;Leslie,1991)
そして、多くの研究では、幼児期の「心の理論」と優勢反応抑制(思わずやってしまいそうになる行動を抑える能力。実行機能の最も重要な下位機能)とが関連することを示唆しております。
つまり、子供の場合は「相手の感情を理解する」ことは「自分の立場での見方や考え方を抑える」ことと関係しているということです。
一方、大人の場合、「心の理論」を活用しようしている最中には、ワーキングメモリ(のちの認知活動に必要な情報を一時的に保持しておくための短期的記憶システム)の更新機能が重要な役割を果たしていることが示唆されています。(Braver et al., 1997)。
まとめ
「心の理論」の活用には、「実行機能」の中の「優勢反応抑制(子供の場合)」や「ワーキングメモリの更新(大人の場合)」が重要な役割を果たしているようです。
障害者雇用の現場において活用できることとして話を展開します。
協働の現場において、時に相手の立場や感情を理解する必要がでてきます。しかし、もともと「心の理論」の活用に課題をもつASDの人に、「相手の気持ちになりなさい」と理解を求めても、指導が空回りしてしまいます。その場合は、ワーキングメモリの負荷を軽くすることが、相手の立場を理解する場合には必要なのかもしれません。つまりは「あれこれ言わないこと」です。とかく、相手に理解を求める場合、こちらの言葉数は増えます。しかし、言葉を投げ掛ければ投げかける程、相手は情報処理のため脳のリソースを多く必要とします。
であれば、本来伝えようとしている内容について、簡潔に、手短に、言い方を変える必要があるのかもしれません。
参考:心の理論の生涯発達における実行機能役割(前原由喜夫,2015)
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