退行を予防する/文献調べ24−21

障害者雇用の現場で、担当者の方の語りで出てくるのが「障害の進行か老化により、以前できていたことができなくなった」というお話です。

周りの方々から見て顕著に”できなくなる”ということは、本人含めた現場の大きな困りこごとの1つでしょう。これには「退行」の理解と予防の知識が必要です。今回は「退行を示した青年期・成人期知的障害者に対する地域生活支援と社会参加の促進に関する研究 ―退行の類型と予防―」(菅野,2005)を参考に、退行とその予防について見ていきましょう。

目次

退行とは

心理学での「退行」は防衛機制として用いられますが、ここでの定義としては

「生涯発達の過程で、いったん獲得、到達した日常生活の適応水準が、何らかの原因で低下し、以前の、獲得前の状態に戻ること」

(菅野,2005)

とします。平たくいうと「できていたことができなくなる状態」です。

退行には3つの類型と5つのタイプが示されています。

  1. 自然な衰え・低下―老化・退行タイプ
  2. まれに生ずる低下・退行
    ①身体疾患退行タイプ
    ②精神疾患退行タイプ
    ③青年期・成人期のダウン症におこる「急激退行タイプ」
  3. その他-原因が特定できない退行タイプ

ここでは、1.2.について見ていきましょう

1.自然な衰え・低下―老化・退行タイプ

老化による退行です。これらは障害のあるなしは関係なく、一様に現れるものではありますが、知的障害の方は、合併症が関係する場合があります。てんかんなどの合併症、ホルモンの異常、肥満などが早期老化と関連する医学的な要因です。また、環境や生活のあり方が関わります。生活空間や生活リズムの安定、栄養や健康の管理、家族関係や職場での人間関係の安定、仕事、運動、趣味などが考えられます。つまり、これらを退行の阻害要因として位置付けるような支援上の整備が待たれます。

2.まれに生ずる低下・退行

①身体疾患退行タイプ

例えば、甲状腺機能亢進症や結核などが原因で退行するケースがあるようです。
因果関係から明らかではありますが、身体疾患からの快復により退行症状も改善します。

②精神疾患退行タイプ

知的障害者の精神疾患の罹患率は、20〜64%と高いようです。精神疾患の状態像や経過が非定型であり、精神疾患と診断されにくいという問題があるようです(知的障害の行動特性だと捉えられるなど)。一方で、環境がもたらすストレスが、本人の障害要因の一部と関連して精神症状を表すこともあります。

③青年期・成人期のダウン症におこる「急激退行タイプ」

「20 歳前後のダウン症候群に発症し、日常生活の適応水準の低下が急激に生じるもの。具体的には、急に元気がなくなり、引きこもりが始まり、日常生活のさまざまな適応に困難や支障が生じるもの(なお、特定の疾病診断を受けた者は除く)」 (菅野他 1996,1997,1998)とあり、ダウン症の方は成人期に急激に対抗するケースがあるみたいです。具体的症状として

  • 動作・行動面_動作緩慢、会話の減少、パーキンソン病様の姿勢異常
  • 対人面_過度の緊張により対人関係が拒否的になる。相手を意識しないことによる対人関係の不能
  • 情緒・性格面_興味喪失、頑固、特定の物事への固執傾向
  • 身体面_睡眠障害、食欲の減退、体重減少

共通する発症のきっかけとして「対人関係のつまづき」「仕事がきつかったこと」ということのようです。

基本的な退行予防の取り組み

「成人期の豊かな生活のための6原則」(菅野ら,1998)が参考になるとして示されています。基本的な考え方は、「これまで培ってきたよい習慣の継続」「将来に向けた取り組みの継続」です。具体的には以下の6つです。

  1. 日課を一定に保ち、毎日の決まりきった活動はこれまで通り取り組み続ける
  2. これまで続けて取り組んできたことは、これからもずっと続ける機会を作る
  3. 家族や仲間との関わりの中にいつも参加させる
  4. 人との関係を介して得られるよりよい刺激や体験を絶えず与え続ける
  5. 将来必要となることは、これからも丹念に教え続ける
  6. 慣れ親しんだ人や場に変化を加える場合は、本人主体を心がける

原因タイプ別

(1) 自然な衰え・低下―老化・退行タイプ

医学的要因に加え、生活のあり方も老化と関連する要因としてかなり重要です。当たり前のことに聞こえますが、生活リズムの安定、栄養や健康の管理、人間関係、仕事や運動・趣味への取り組みが老化・退行タイプの予防策と言えます。

(2)まれに生ずる低下・退行―身体疾患退行と精神疾患退行の予防

これらは身体疾患が退行につながっていますので、原因となる疾患の予防が第一です。ストレスが原因の精神疾患の予防は、一般的なストレスマネジメントと同様に、ストレスの原因を取り除く、ストレスを回避する(環境をかえる)、ストレス耐性を高める、薬に頼るのいずれかとなります。家庭環境や職場環境はすぐに変えられませんし、環境の変化が新たなストレスを生み出す可能性もありますので、ストレッサーの除去かストレス耐性を高めるためのアセスメントと対策の実行が有効です。

(3)急激退行の予防

要約すると、身体面の健康維持と、興味関心のある活動を探すことが急激退行の予防には効果的だとしています。これは仕事を引退したあとの高齢者にも言えることですが、社会的な交流がなくなったり、仕事していた頃のような活動量が確保できないと急激に心身が衰える(老いる)人がいます。体にも心にも刺激を与え続けることが健康的な生活には必要なのですね。

退行予防のまとめ

本人へのアプローチと環境へのアプローチの2つがまとめとして挙げられます。

本人へのアプローチとはまず、ストレス耐性とストレスからの回避能力に関するアセスメントです。その上で、教育、学習による諸能力の発達、心を育てる適切な経験などに支援します。

環境へのアプローチとしては、環境要因にあるストレス要因を見つけ出し、適切な生活環境を構築する取り組みをすることです。

最後に本論文では、支援者の心構えとしてもっていなければならない原則として、菅野他(1997)の「ダウン症成人者と上手につきあうために-5つの原則」を参考にして挙げています。

原則1 本人の意志を無視して強要したり、制止したりしない
原則2 発達水準から見ると幼くとも、実際の年齢に応じプライドを配慮して接する
原則3 作業や課題に際し、厳しい処遇や指導を改め、能力に応じた目標を立て対する
原則4 余暇の時間を位置づけ、本人の好きな活動に積極的にかかわらせる
原則5 一緒に活動する時間、見守る時間を通して、精神的な安定を図る

さいごに

今回は、「退行」について「退行を示した青年期・成人期知的障害者に対する地域生活支援と社会参加の促進に関する研究 ―退行の類型と予防―」(菅野,2005)をもとに考えました。

障害者福祉の観点で論じられている部分もあるので、障害者雇用の現場での活用が難しいものもありますが、0次予防的な観点で健康な時点での取り組みが必要だと感じましたし、企業の健康経営への取り組みの高まりが障害のある方の健康保持増進の追い風になりそうだなとも思いました。ありがとうございました。

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